Home > 事業案内 > 救急医療事業部 > 日本精神科救急学会 発表要旨 > H19(2007)年度日本精神科救急学会発表要旨
西村由紀 (特定非営利活動法人メンタルケア協議会)
メンタルケア協議会では、東京都の二つの電話相談事業を受託し運営している。一つは、平成14年9月に始まった「東京都精神科救急医療情報センター(以下、情報センター)」で、夜間休日ソフト救急の電話相談窓口である。もう一つは、平成16年4月から始まった「東京夜間こころの電話相談(以下、こころの相談)」で、こころの悩みを聞く役割を持つ。それぞれ5年間、3年間、運営してきた経験をもとに、目的が異なる二つの電話対応の違いと共通している部分を報告し、電話相談と自殺予防について考察したい。
情報センターが始まる以前、同じ電話番号で「精神科専門相談」が行われていた。時間枠を設けず傾聴主体で行われていたが、次第に複数のリピーターが高い頻度で長時間に相談をするようになり、電話がつながりにくい状況となっていた。情報センター発足に当たって方針転換し、「相談」ではなく「トリアージ」、即ち救急医療の必要性を判断して救急医療機関につなぐ役割に徹することになった。その結果、年間12000件近い電話を受けながら電話がつながりにくい状況は避けられている。相談員は、精神科の救急受診が必要であるか、ソフト救急で対応が可能か、身体疾患は大丈夫か、当番医師と相談しながら判断し、年間約400人を当番医療機関につなぐ重要な役割を果たすことができている。
当番医療機関につながなかったケースは、電話対応によって救急受診まで至らなくてすんだケースである。電話対応によって当夜をうまく乗り切るようにすることも情報センターの役割であると自覚した。その役割とトリアージを併せた業務を「救急ケースマネジメント」と位置づけた。そのプロセスを「訴えの受理、状況把握、アセスメント、対応の決定、相談と助言」に分け、それぞれの要素を自覚することで、相談スキルが向上した。
最近は、次の課題に取り組んでいる。ひとつは相談員が激しい非難を浴びせられるケース。もうひとつは、深夜に一人でいて死にたいと訴えるが、保護者が確保できないため救急当番病院に入院することが難しく、行動化の危険が高じて警察に出動してもらう場合以外は、電話相談で何とか当夜を凌ぐしかないケースである。どちらの場合も、相談者の気持ちをどれだけ受け止められるかが鍵になる。二つの課題から、救急ケースマネジメントの最初の部分「訴えの受理=受容」の重要性に気付かされた。
「こころの相談」は、それまで3つの精神保健福祉センターと保健所の輪番で行われてきた夜間電話相談を一箇所に統合することでスタートした。輪番の夜間相談は電話件数が多く、長い期間の中でリピーターが蓄積し、つながりにくい状態であった。電話対応は工夫をこらされていたが、時間枠などを明確に伝えることはしていなかった。統合に当たって、相談の枠組みの見直しが行われた。原則として、一日1回20分まで、継続相談不可とし、最初に一律伝えることにした。さらに、相談の焦点を絞って何らかの助言や地域資源の紹介を行う問題解決型を出来る限り目指すこととなった。
相談の枠組を設けたことで、新規相談の割合1/3を維持できている。一方で、問題解決型だけでは対応できない傾聴型の相談が多いことが分かった。相談の組み立て方を検討し、共通する相談の基本構造「受容、明確化、ポジティブな助言」が見えてきた。
しかし、さらに経験を積み重ねる中で、相談内容を明確化しようといろいろ質問することや無理に助言しようとすることが適当なのか迷われるケースも多いことがわかってきた。とりわけ死にたいと訴える相談において、緊急性の判断を急ぐあまりに質問を次々とすることで相談者を追い詰めることがある。また、急いで与える助言が相談者に響かず、却って追い詰めることがある。「電話相談の対応が悪かったからと遺書に書きます」と言われて呆然とさせられたこともある。明確化や助言について慎重になり、その分「受容」に力点がおかれるようになってきている。
経験を重ねる中で、どちらの電話相談も「受容」が重要であることに行き着いている。顔の見えない電話で「受容」を確実に行うことは容易ではない。行政の相談窓口としてたくさんの相談者を受け入れなければならないことから一定の枠組みは必要で、さらに電話相談だけでは出来ることに限界がある。それでも、電話相談で出来ること出来ないことを明確にしながら、受容しようとしていることを相談者に伝えなくてはならない。声のトーンに敏感になり、相槌ひとつの打ち方にも気を配り、返す言葉を慎重に選んでいく。そうした努力を丁寧に行って「多少わかってもらえた」と相談者に感じてもらえれば、「死にたい」と有言無言の思いを持った相談者に電話相談が少し役に立つのかも知れないと考えている。